決めるのは誰か 誰のための秩序-2
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私は体の向きを変え、期待と意味の無い優越感を覚えつつ、あの若者が寝転んでいたロングシートに目を向けた。
人の壁の隙間からロングシートの上品な濃緑色が覗けた。そしてその深い緑色と共に、私は信じ難い光景を目にした。
だぶ付いた迷彩色のズボンがシートの上に横たわっていた。あの若者がいつも穿いていたトレードマークである。
「嘘だろ」
私は思わず一歩を踏み出した。前に立つ女性にぶつかりそうになり、彼女から冷ややかな視線を浴びせられたが、その引き換えに私の視界は少しだけ広がる筈だった。
「すいません」
その女性に小さく頭を下げて謝った後、私が目にしたものは、またしても信じられない光景であった。
社会改善局のマークが、大きく見開いた目をモチーフにした悪趣味なマークが、彼のズボンの腰で輝いていた。彼はルール・ボランティアのバッジをベルトループにぶら提げているのだ。疑いに満ちた視線で市民の言動を監視する「大きく見開いた目」が、私に鋭い視線を向けていた。彼のズボンの上で輝く社会改善局の「目」は、恐怖と不安で乗り合わせた人々を支配しているのだ。
「そんな馬鹿な、ありえない」
衝撃のあまり、私は思わずあとずさった。
こんな馬鹿なことが、許されていいのか。彼の姿を見る直前まで私の心を満たしていた安らぎは霧のように姿を消し、社会正義への信頼は音を立てて崩壊していた。
批判めいた文章を公開しただけで、西山は更生教育を受ける羽目になった。善意でチラシを作った南畑は、社会改善局に拘束されてしまった。イランでの戦死者を悼むタイトルを写真に付けた私は、暴風雨が吹きすさぶ最中に、下らない言いがかりで改善局に呼びつけられた。
しかし、公共マナーを踏みにじり、秩序を鼻であしらっている彼は、何の咎めも受けないばかりか、市民を監視する者として以前にも増してのさばっているのだ。まるで悪夢のような展開ではないか。
「彼らの言う秩序とは、一体、誰のための秩序なのだろうか」
西山の「詩」を締めくくる言葉が、私の脳裏に閃いた。
「こんな馬鹿なことが、許されていいのか」
余りの失望に、私は意識が遠のいてゆくのを感じていた。もう立っている事もままならなかった。
「誰にとっての秩序なのか」
薄らいでゆく意識の中で、その問いだけがはっきりと、私の思考の中で瞬いていた。
「パパ、起きてよ」
「ぱぱ、ぱぱ、おきて」
遠くから子供たちの声が聞こえてきた。
「パパ、起きてってば」
「ぱぱ、おきてってばぁ」
年長の息子の台詞を、年下の娘が真似しているらしい。息子は同じ台詞を連呼しながら私の背中を叩き、娘は小さく可愛い手で、私のシャツを引っ張っているようだ。
「んん、ああ」
私は体を起こして、目を開いた。
大きな窓から降り注ぐ陽光が、見慣れたリビングルームを柔らかな光で照らしていた。そして私は、ダイニングテーブルの椅子に腰を掛けていた。
「パパ、公園に行く約束だったでしょ」
「こうえんにいく、やくしょくだったでしょ」
子供たちの声が腰のあたりから響いてきた。どうやら私は、椅子に腰掛けたまま意図せぬ午睡を貪っていたようだ。
「ああ、そうだったな」
「よく寝てたわね」
頭上から降ってきた声に視線を上げると、妻が呆れた顔で私を見ていた。
「うん」
私は照れ隠しに椅子から立ち上がった。その時、私はテーブルに広げたままの新聞に気が付いた。その紙面には、与党が発表した憲法改正案に関する特集記事が掲載されていた。
「国民の権利を制限する憲法草案」
ある大学教授が新聞に寄せた論評のタイトルが、私の視線を捉えた。眠りに落ちる前、私はこの論評を読んでいた筈だ。
その記事の横に、与党による憲法改正草案の抜粋が示されていた。私はその部分を再び目で追った。
「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」
現行憲法では「公共の福祉に反しない限り」個人の権利と自由を認めているが、与党の改正案では「公益及び公の秩序に反しない限り」とされている。
僅かな違いに思えるが、本質的に意味が異なる、というのがその大学教授の論旨であった。
現行憲法の「公共の福祉に反しない限り」とは、他人の権利を認め尊重するという意味であるが、改正案の「公益及び公の秩序に反しない限り」は、国家による国民の支配が前提にある、ということのようだ。
その記事に再び目を通した後、私は深い溜息をついていた。
「悪い妄想だったか」
昼寝の間に見た悪夢を、私は振り返っていた。
「そんな事に、なる訳が無いよな」
その新聞記事が、記憶の奥で眠る潜在的な被害妄想に火を点けたに違いない。
「どうかしたの」
私の独り言に気付いた妻が、訝しげな視線で私を見ていた。
「いや、なんでもない」
妻に話すには、余りにも馬鹿馬鹿しい悪夢である。考えすぎだと笑われるのが落ちだろう。
しかし何故、あのような夢を見たのだろうか。私の記憶の奥底に、権力の濫用に遭遇して、自由と人権を蹂躙された過去が眠っているのだろうか。
それとも、我々の先祖が苦しんだ記憶が、私の遺伝子に刻み込まれているのだろうか。
私は頭を振って、その考えを思考から追い出そうとした。確かに、私が夢で見たような恐ろしい状況が、過去の一時期、日本を席捲した事は疑いない事実である。しかし、その歴史が繰り返されるとは限らない。
「パパ、早く行こう」
「ぱぱ、はやくいこお」
「ちょっと待ってくれ。用意するから」
そんな事になる訳が無い。私は心の中で呟いていた。しかし同時に、そんな事にしてはならないとも、考え始めていた。つまり、そんな未来を選択してはならない、ということである。そしてそう決めるのは、私たちの世代だ。
自由には責任が、権利には義務が不可避的に伴うが、それらは自由と権利を制限するものではなく、むしろ自由と権利を確立するためのものだ。もちろん、権力から押し付けられる種類のものでは、決して無い。
「ワーイ、ワーイ」
「わーい、わーい」
彼らのために、素晴らしい未来を残しておこう。父祖の代が夥しい血を流して獲得し、私たちに受け渡してくれた自由と権利を、より洗練された形で、彼らに受け渡して上げよう。
眼下で無邪気にはしゃぐ子供たちを眺めながら、私はそう考えていた。








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